悪魔と天使
          * 6 *
 ある日、どこかで聞いた事のある謎の言葉が脳裏に浮かび、頭から離れなくなった。
 その謎の言葉が何を意味するのかを調べたくなったものの辞書を見ても載っていなかったので諦めかけたが、ふと思い立ってインターネットで検索してみた。結果、それは小さい頃に聴いたフランス語の歌のタイトルであるらしい事がわかった。
 懐かしいその歌の歌詞を英語に訳したものを見てみたが、可愛らしいメロディーと美しい歌声とは裏腹に内容は「決して許されない恋、でもあなたとなら地獄に落ちてもいい」とか「愛が叶うなら悪魔にも魂を売る」とか「あなたを殺してでも私だけのものにしたい」といった、何だか怖い言葉の連続で、結構ショックを受けた。だが、その作詞者であり歌い手だった女性歌手は、現実ではそんなドロドロした感情とは縁が無く、結婚後もずっと仲の良い夫婦で、離婚も互いの浮気も無かったという。
 その後、ついでにインターネット上で出来る通信対戦のチェスやトランプのゲームで遊んでみた。結果は散々だったものの、対戦相手からの挨拶やアドバイス等の言葉が来たのが何だか嬉しかった。思いがけずちょっとしたコミュニケーションが取れて嬉しかった事を相手に伝えると、こちらこそお相手してくれてどうもありがとう、とわざわざ返事をくれた。

 そんな矢先の事であった。
 アメリカからコンピューターゲームという物全てを排除する法案が可決されるかもしれない、というニュースが私の目に飛び込んで来た。ゲーム上という架空の世界でのみ戦争や殺人が当たり前の事となっている物があるせいかと思いきや、チェスやトランプのゲームのようなコンピューターの出来るより昔からあったものを画面上でプレイする物までもその排除の対象だと言う。可決されればどんなに健全でもゲームを開発しただけで、ゲーム機やソフトを持っているだけで、インターネットでチェスの対戦をしただけでも逮捕される・・・。
 話によると、これは日本人の学者が提唱する説によるもので、コンピューターそのものが人間の脳に悪影響を及ぼしているから現代人は現実と架空の区別がつかず、その為に犯罪が蔓延したのだという。そしてコンピューターから隔離されれば真っ当な人格に戻れる、とも。
 では私もそれだけで人殺しと一緒なのか?ネット上で一緒にゲームをしたあの礼儀正しい人達も?そんな馬鹿な話が本当であってたまるか!これでは中世ヨーロッパの魔女狩りや関東大震災直後の日本での朝鮮人狩り、信仰する宗教や神が違うというだけで悪魔の手先と決めつける異教徒狩り、その他諸々の間違った認識を振りかざした大量虐殺を正当化しているのと一緒である。

 偶然にも、この恐ろしい法案に賛成する中年の識者と直接話をする機会が得られた。彼は何とかして私をコンピューターゲーム狩りに加わらせようと、必死に言い包めて来る。
 「・・・という訳でして、愛と正義の為にキリストに仕えるあなたにとってもこの法案は非常に有益なものに違いありません。どうか、可決の為に御協力いただきたい」
 だが私を洗脳するには、その話は説得力という物に欠けすぎていた。
 「ちょ、ちょっと待って下さいよ、絶対おかしいですよそれ。落ち着いて考えてみて下さい、コンピューターゲームだけが犯罪の原因だなんてそんなの変じゃないですか。世の中にはゲームどころか機械そのものの類とあまり縁の無い環境で犯罪を起こす人がいっぱい居ますよ。逆に善良で、かつゲーム好きな人も多いんです。この前インターネット上でチェスとかポーカーとかの相手して下さった方は、すごく礼儀正しくて親切な方でしたよ」
 「騙されてはなりません!架空の世界でなら、どんな人物でも演じられますからな。男が相手に自分を女だと思わせるのも簡単だし、性格だってそれこそ本当の自分と全く正反対のふりも出来る。それだけじゃない。ゲームに出て来る女性とならいくらでもデート出来るのに、現実では女性と話をする事が出来ないと言う少年もいる。これはゲームと現実の区別が出来なくなっている証拠だ。他にもゲームの中では人をいくら殺しても許されるどころか、殺した人数を点数として競うから、それを真似して銃の乱射による大量殺人を起こした者もいる」
 「架空の世界に触れたから架空と現実の区別がつかなくなる、と?冗談きついなぁ・・・そんな論理が正しいなら、映画や小説や演劇だって犯罪の原因って事になる。そしたら娯楽という娯楽の全てを排除しなくてはならなくなりますよ。自分がゲームに触れた事が無いからって色眼鏡で見ているだけじゃないですか?ゲームと現実の女性と少年のケースだって、その少年は逆にゲームと現実の世界は全くの別物だから区別されるべきなんだって事を言いたかったのでは?」
 「ではお聞きします。話が変わり過ぎて申し訳ないのですが・・・牧師のあなたは、女性の裸をメインに扱った成人向けの映画等を好んで見る事がありますか?しないでしょう。女性に直接何かをする訳でなくても、いやらしい目で見るだけでそれは”姦淫”という、あなたがたの嫌う七つの大罪の一つでありますから。ゲームという架空の世界で人を殺すのだってそれと一緒です」
 「いや成人向けものは確かに好きじゃないんですけど、・・・だからって現実ではいけない事を扱った架空の物さえ排除すりゃいいってもんじゃないでしょう。実際起こったケースとして、とある国では性犯罪撲滅の為に女性の裸等の性的表現を全面禁止にしたら逆効果で、逆に性表現の規制を緩和した国だと皮肉にも性犯罪が減少したという、まあこの話は蛇足ですけどね。・・・禁酒法って御存じですか?酒に溺れては仕事にならないからと、酒造とかを法律で禁止したっていう。あれが世の中に良い効果をもたらしたかどうか、調べた事がおありですか?」
 「それは取り締まりをする警察が無能で、酒の密売が多かったのも人々が罰則をきっちりわきまえないから・・・」
 「力で押さえればそれでいいのであれば、娯楽は禁じずに犯罪を厳しく取り締まる今の法律だけでも充分抑制力がある筈でしょう。・・・よく考えてみて下さい。人を殺す事の出来るゲームや人が殺される映画等に年齢制限がついているのは何の為に?成人向けものがその名の通り未成年に見せられないのは何故?年齢というバロメーターは飽くまで大雑把なものでしかないけれど、分別のついていない子供に真似をして欲しくないから、それらは良い事と悪い事の区別の出来る大人にしか触れられないのではありませんか?」
 「しかし、年齢制限をしたところで、大人が影響されれば犯罪を起こす。犯罪が子供の手ばかりではなく、大人によっても起こっているでしょう」
 「そうですねぇ・・・聖書の言葉にはこうあります。他人の目の塵を取り除きたいと申し出る前に、自分の目の梁を取り除きなさいと。架空の世界の事を禁じれば現実の犯罪を無くせるなどという考え方こそが、現実と架空の区別がついていないというものです。私の意見は以上です」
 すると識者は、突然カンカンに怒り出して、こんな事を言った。
 「何だと!じゃあ私の弟がゲーム感覚で殺されたのも、犯人は何も悪くないというのか!」
 「・・・へ?」

 私は、彼の弟が殺されたという事件について調べる事にした。法案に賛成か反対かについてはその事件の詳細がわかり次第決めるから、と言って彼と別れた。
 そして、調べた結果をまとめると・・・
 ・事件が起こった時、犯人や識者の弟を始めとする事件の犠牲者達は男子高校生、私は赤ん坊だった
 ・昔、アメリカのとある学校で起きた銃乱射事件と手口や動機が非常によく似ている
 ・犯人と犠牲者達とは非常に仲が悪かった・・・というか、犠牲者の犯人に対する一方的な激しいいじめがあったらしい
 ・事件前、銃で殺し合いをするゲームを犯人はよくやっていた
 ・犯人は友好的に接してくれていた数少ない人物には、銃を向けなかった
 ・その生き残った人物によると、犯人は「これでようやく恨みは晴らした」等と言い、警察が到着する前に自殺した
 というものだった。

 私は犯人の霊と話をしたいと願った。自殺というのは文字どおり自分自身に対する殺人という重罪なので、きっと犯人の霊魂は天国へは行けず地上をさまよっているか、地獄に落とされてしまったであろう。
 何故、犯人はゲーム感覚で人を殺せたのか・・・いくら相手を恨んでいたからと言って、現実で犯罪になってしまう事に抵抗は無かったのだろうか。彼の心理がわかれば、ゲームと関係の無い現実世界の犯罪を防ぐ為の何かが得られるかも知れない・・・
 「俺に何か用か?」
 不意に、頭の中に声が響いた。・・・間違い無い。自殺した犯人だ。
 「あなたが、殺したい程に人を恨んでいたのにも理由はあるそうですね。・・・でも本当に人を殺すなんて、自分の人生を全て棒に振る真似、私にはとても・・・」
 「理解できないか?・・・ならあんたは永遠に俺の気持ちを理解できないままでいい。それがあんたの幸せの為だからな。人生を棒に振る?そんなのは人生が真っ当な、有望な将来が約束されてる奴にしか意味の無い言葉だろ」
 「どういう・・・意味で?」
 「俺は奴らのせいで、生きてるだけで地獄に落とされたんだ!罪を犯してもいないうちにな!奴らは俺に苦しみを擦り付ける事で、苦労もせずに幸せな未来が約束されているのに。不公平だろ?だから、そんなに俺が地獄へ落ちないといけないなら・・・罪を犯してもいないうちに俺を地獄へ叩き落とした奴らに・・・せめて、本当に俺が地獄に落ちるような、最悪の形で復讐してやりたかった・・・」
 彼の声はとても深い悲しみに満ちていた。
 「そしてあなたは凶悪殺人犯になった。最後にあなた自身をも巻き込んで。・・・果たして、本当にそれで良かったと思いますか?」
 「さあな・・・ただ、本物の地獄ってのも、それはそれで苦しいが・・・あの高校で俺の受けてた仕打ちよりゃ遥かにマシさ。何たって、苦しめられるのにも正当な理由があるのと、死ぬ程憎い奴らを道連れに出来たってのがな」
 「何て事を・・・許して共に天国へ迎え入れられる道を選べば良かったのに」
 「そいつは不可能さ。俺はあんたとは違って、絶対地獄に落ちなきゃならないって、生まれる前から神様に決められてたんだからな!!あんたには幸せな将来と、死んだ後天国へ行く運命が約束されてる・・・人間なんか所詮は、神様にとっちゃゲームのコマでしかないんだ。ゴールが天国か地獄かも、神様の遊び感覚で決められちまう・・・」
 「そんな筈は無い!!あなたを地獄へ落とさなくてはいけなくなった事を、神は悲しんでおられる筈です・・・でも、それがあなたには伝わらなかったせいで、あなたもゲームをしていた時と同じ感覚で人の運命をねじ曲げてしまおうと思ったのですね」
 「どうだかな。俺がゲームをしていなかったなら、かえって早く奴らを殺していただろうな・・・人殺しが実際には許されない事はわかってたさ。それで俺は罪を現実で負わずに済むゲームの中だけで、鬱憤を晴らそうとしてたんだ。現実世界で奴らを殺したくて仕方が無い気持ちを、少しでも紛らわす為に。でもゲームなんてのは所詮、架空の世界。現実との間には、絶対に超えられない壁が立ちふさがってる・・・絶対に奴らを殺したいって思いを、壁の向こうに全部投げ捨てるには・・・高すぎたんだ」

 法案に反対する運動に私が参加したのは言うまでも無い。そして反対運動のおかげか、当分の間法案の可決は見送りとなった。だが「否決」と決まってはいないようなので、まだ完全には安心は出来ない。
                       − 続く −
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