悪魔と天使
          * 5 *
 夢を見た。
 見知らぬ男女数人が出て来た。彼等と私は、何やら林間学校らしき生徒のグループで、皆親友同士という事になっていた。
 山の中で森の動植物の生態を調査したり、食料を探したり、スタンプラリーのような事をやったり、何やらキャンプのような事もしていた。小さな子供のように、無邪気にはしゃぎ回りながら。
 そして楽しい勉学の時に終わりが迫り、私達は親友との別れが辛くてたまらなかった。別れてもまた会おう、ずっと友達でいよう・・・溢れる涙をぬぐいながら、そう言い合って互いを励ましあっていた。
 「夢から覚めても、友達でいようね」
 目が覚める寸前、そんな言葉が聞こえた気がした。
 ・・・涙が、止まらなかった。

 一日の仕事が始まる頃になって、やっと涙が収まった。今日もまた、死んだ誰かが無事に天国へ行けるように、また生きている私達に神の祝福があるようにと祈る。
 その後、私は道を歩いていると、たまたま近くを通りがかった警官に声をかけられた。
 「すいません、こういう人に何か心当たりはありませんか?」
 何やら私とほぼ同年代か、あるいはもう少し若いらしい男性の似顔絵を見せられた。
 「うーん・・・どこかで見たような、見なかったような・・・この人が何か?」
 「ここの近所の人でね、数日前に親と口論があって家を飛び出してから行方不明になっているらしいんだ」
 「この人の名前は何と?」
 聞かされたのは全然知らない人の名前でしかなかった・・・。それでも、何故か心に少し引っ掛かるものがあるので、似顔絵のコピーを一枚貰っておくことにした。
 家に帰り、似顔絵を見てしばらく考えていると、彼は夢に出て来た友人のうちの一人ではないかという考えに辿り着いた。・・・だが警察にそんな事を話したところで、これが彼の行方を知る手がかりになる事は無いだろう。
 とりあえず彼が無事に見つかる事を願う祈りを捧げて、その日の行程を終えた。
 その夜、夢の中に彼等が再び現れる事は、残念ながら無かった。

 現実でも夢でも彼の手がかりが無いまま十日ほど経った。
 時折、若い男性の霊が私の目の前に現れる度に、慌てて相手の顔や名前を確認する。あなたはまさか・・・。しかし、返って来る答えはノー。では知り合いには、と依然行方不明の男の事を聞いても、知っている者はいなかった。
 そんな状態のまま、私は突然やって来た老夫婦に牧師としての仕事を依頼され、飛行機で一時間ほど行った所の小さな町に向かう事になった。
 いきなり遠くにいる私に何故・・・もっと近所の教会の人に頼めば手間も少ないのに、と疑問に思いつつも、老夫婦に案内されるままバスに乗る・・・。
 この素朴な疑問を口に出しても依頼人からの答えの返って来ぬまま、バスを降りて少し歩き、町外れの雑木林の中にポツンと建っていた小さな教会へと辿り着くと・・・。
 「こちらです。新郎新婦があなたを待っていますよ」
 教会の前で、若い男女と幼い少年が私を見つめていた。
 結婚式。こんな仕事を受けるのも久しぶりだな、という事に気付く。ここ数カ月、各地の教会でやる仕事はほとんど葬式で、通常の祈祷集会も暗い話題ばかりだったから。
 「それにしても随分・・・何と言うか、結婚式の割には呼ばれた客人が少ないような・・・まあいいか。で、式をお挙げする夫婦がこちらで・・・・・・あ!!」
 新郎の顔を見て、思わず私は驚きのあまり固まってしまった。今まで探しても見つからなかった手がかり・・・というか、目的そのものが目の前にいるのだから。
 「あなた、行方不明になっていたっていう・・・」
 「私が行方不明?そうですか・・・詳しい話は、結婚式が済んでからゆっくりしましょう」

 式は小規模ながら厳かに行われ、無事終了した。
 約束通り、新郎が行方不明になったいきさつを聞く事にしたのだが、彼はその前にひとつ話したい事があると言った。
 「ついこの間、この町で山火事があった事は御存じですか?」
 「山火事?えーと・・・」
 あの夢を見た日の事だ。その日ニュース等で山火事の事を見なかったか、記憶を辿る。だが、残念ながら私の頭の中にはそれらしきデータが無かった。
 「まあ無理もないかも知れませんね。山火事といってもごく小規模なもので、火は地元住民の手だけで半日もかからず消し止められ、死傷者はゼロ、という事になっていますから、そのようなあまり深刻でないニュースは見ていても見落とす可能性があります。あるいは、もっと大変なニュースがあったら、そっちに気を取られるとか」
 「は、はあ・・・す、すいません・・・」
 「いえいえお気になさらず。・・・気付かれないようにと巧みに、まるで最初から存在していないかのように隠されたのですから、気付けという方が無理な話です」
 「・・・どういう意味ですか?」
 私は、とにかく彼の言葉の真意が知りたくてたまらなかった。
 「この教会は、何故か長い間使われていなかった。だがここが小さいながらもとても素敵な場所なので、駆け落ち同然でここへ来た私達は、親に内緒でここで結婚式を挙げたいと思った。ただ長い間使われていないからきっと埃とかが溜まっているだろうという事で、まず昔ここで働いていたというそこの夫妻や近所の子供達と一緒に掃除をしに来たんです。そしたら」
 話している彼の表情は暗く沈んでいる。隣にいる新婦も、私をここへ案内した老夫婦も、少年も然り。
 「長い間使われていなかった筈なのに、つい最近人が出入りしたかのような形跡があったのです。掃除が大変そうだと思っていたのに小奇麗だったので、拍子抜けするやら、誰が使っていたのか疑問に思うやら。・・・その理由は、掃除を始めたらすぐにわかりました」
 彼の表情が、一段と悲痛な面持ちになる。
 「ドラッグ・・・。そこの机の下、今あなたがいる場所から、白い粉の詰まった袋が見つかったのです。すぐ警察に通報しました・・・が、誰かが来た気配がして、警察だと思ったその時、警察ではなく怪しい男達が怒鳴り込んで来たのです」
 麻薬取り引き場所に怪しい人物、とするとその後の展開として考えられるのは・・・まさか、この人達はもう・・・!?
 「悲鳴を上げる暇も無く、たちまち銃や刃物を突き付けられ、抵抗する暇もなく教会の中に閉じ込められてしまったのです。持ち物は金品も、外への連絡手段も、掃除用具に至るまで全て取り上げられ、銃を持った男が出入り口で何やら喚いていました」
 幼い少年を抱きかかえるようにして彼は続ける。
 「そして、隙を見て窓から逃げようとしたこの子を銃で撃ち殺し、仲間が何かを取りに行って来たのを確認するなり私達にも銃を乱射し、弾が切れると入り口にガソリンを撒いて火を放ったのです。窓から逃げようとしたら、他の男が窓の下にガソリンを撒いていました。さらに別の窓からは、外からガラスを叩き割って何かが投げ込まれました・・・火のついた発煙筒のような物でした」
 少しでも火を強くして、焼死体すら残らず灰にする為か・・・でも、そんな事がガソリンと火薬か何かだけで可能なのか?もしその目論見が成功していたのなら、もっと炎の勢いは強く、消火も手間取ってニュースでももっと大々的に取り上げられていた筈なのに・・・?
 と私が疑問に思っていると、それに答えるかのように少年がつぶやいた。
 「あの時、僕を撃ったおじさん・・・よく見ると、近くのおまわりさんだったんだ。だから、あんな怖いふりをしてても、ちゃんと助けてくれるって信じてたのに・・・」
 つまりは、よりによって警察官が麻薬取り引きに関わり、口封じの為にこの人達を殺し、犠牲者の存在を揉み消した・・・何と許しがたい行為!!
 「もしかしたら、僕のお兄ちゃんも殺されちゃったのかな・・・」
 「お兄ちゃん?」
 「うん。少し遅れるけど必ず掃除手伝いに来るって約束したんだ。だから・・・ここに来て悪いやつらに見つかっちゃったかも知れない」
 そう言って泣きじゃくる少年を、私は優しく頭を撫でて励まそうとした。・・・手が、すり抜けた。
 彼等の無念を晴らす為、何か私に出来る事は無いか・・・この事件を立証する何かいい証拠は・・・少年の兄を探し出す手がかりは無いか・・・警察内部にいる犯人をどうやって・・・
 焦りに近い思いが私の頭をぐるぐる駆け巡っていたその時、誰かの声でその思考は中断させられた。
 「・・・お兄さん、お兄さん!!」
 「あ、は、はい!」
 「どうしたんだい、こんな所でボーッとして」
 一人の少年を連れた男性が、私の隣に立っていた。服装からみるとレスキュー隊か何かだろうか?少年は林で迷子になっていたのか。私が立っている場所は、何やら不自然に土がむき出しになっていた。何かの上に土をかぶせたように。辺りを見回すと、案内されるままにここまで歩いた時間は短かったと思ったのに、周りの雑木林があまりにも大きく、町がどこにあるかわからない。

 レスキュー隊に連れられて町へ戻り、これまでのいきさつをまとめると、少年の兄は来る途中で道に迷ってしまい、やっと待ち合わせ場所の教会に辿り着いたと思ったら何者かが火を放っている所で、恐怖で身をすくめてそのまま隠れていたため見つからずに済んだものの、幼い兄弟の両親から連絡を受けたレスキュー隊に発見されるまでそこから何日も動けなかったと言う。
 私はここぞとばかりに事件のあらましを話した。幽霊に話を聞いただなんて、と馬鹿にされるかと思いきや、レスキュー隊員はその事について捜査してみる価値はあると言ってくれた。
 「ただ、警察内部に犯人がいるという事はまた揉み消されるかも・・・」
 「内部の不正を許さない、正しい心を持った警察官がこの事件を解決してくれる事を信じましょう。本来あるべき警察官の姿が、そこにある事を」
 それからの進展は早かった。私が発見された時に立っていた場所を調べると、土の下から真っ黒な燃えかすが見つかったという。時を同じくして事件に手を貸していた警察官が隠し持っていた麻薬が見つかったのをきっかけに、犯人達は次々と逮捕され自供を始めた。
 それによると、火を放ったはいいものの山火事が広がると消防署に連絡が行き、教会の残骸と中の死体が見つかって事件が公になる可能性があったので、燃え広がらないように周りから水をかけ、建設機械等で土を掘り返したりしてかぶせ、その上にまた水をかけて土をかけてを繰り返した。煙を見た者から通報を受けて駆け付けた消防車が現場に着くと、そこにいる住民達(のふりをした犯人グループ)が水浸しの泥の山を指差して「たった今消火しました」。・・・という事にしておけ、と警察から(むろん、少年を殺した男が)の情報規制もしたという。どうりでニュースにもならない訳だ。
 この事を知った日の夜、夢の中にいつかの”親友”達が再び現れた。
 彼等の顔は、まさしくあの時私を呼んだ犠牲者達のものだった。楽しい時を過ごした場所は、教会の周りの雑木林。
 「ありがとう・・・これで、やっと安心して神の御元へ行けます」
 それが、私への別れの挨拶だった。・・・また涙が止まらなかった。
                       − 続く −
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