悪魔と天使
          * 3 *
 2週間ほど病院で動かない体の治療をしていた私は、その間に何故実際に死にそうになった時よりも夢の中の方が怖いのか考えてみた。
 しかし、なかなか答えに辿り着く事が出来なかった。
 でも、まあいいか、生きていられるだけで神への感謝に値するのだから。

 と言いつつ、退院してからもその疑問は残っていた。だが、いつまでもそんな事を気にしていて何が得られるのかと自分に言い聞かせ、この事は考えない事にした。
 ・・・私が死にたいと望むようになる、あの事件が起こるまでは。

 一体何が起こったのか。何がいけないというのか。客船に乗っていたらロザリオがいつの間にか盗まれて、それを一緒に乗っていた客の遺体のそばに誰かが落としただけで、私が死刑にされなくてはいけないとは。
 遺体の様子は全身に殴ったようなアザが大量にあり、後頭部は頭蓋骨が割れている箇所がいくつかあったという。例え凶器を用いても私にそこまで出来る腕力は無い。
 「まさか、牧師さんが人殺しなんかする訳無いだろう」
 「いや、神だの何だの言ってる連中はみんな宗教を盾に自分の都合を人に押し付けたいだけだよ」
 「そんなバカな!?彼が私にしてくれた話で、私は奴を殺すのを思いとどまったのに」
 「いや神だなんだとというのは、全部キレイゴトに過ぎないんだよ!!正義がどうとか愛がどうとかなんて言う奴はみんな偽善者だ。現に犯人は牧師だっていうじゃないか」
 ・・・等と私の事をいろいろ話していた、私以外の乗客達。
 その中にきっと真犯人がいるのだが。とにかく私のロザリオが遺体のそばにあった、それだけで私が代わりに死刑なのだという。
 本当の事を言えば言う程、余計問いただされる、生き地獄のような尋問。まるで不思議の国のアリスの裁判シーンだ。弁護士アリスはいない。
 もうヤケだ。埒があかないので仕方なくこう言い放ってやった。
 「そんなに私を犯人にしたいんですか!!遺体のそばに私から盗んだロザリオを置いてった犯人と同じに、そんなに私に罪をなすりつけたいんですか!!それじゃあ、無実の罪という罪状で死刑にでも何でもすりゃいいですよ。どうせ私は主にも見捨てられたのだから、イエス様の十字架の時みたいに私を死刑にして真犯人を許せばいいし・・・」
 そしてその通りに。

 近日中に執り行われるらしい死刑執行までの日々も、たった1時間が何百年もの時間に感じられる程の辛い日々だった。監獄の中がこんなに苦しいとは。私は、その間祈っていた。届かぬ祈りと知りつつも。主よ、私の事をお嫌いになったのなら、早く私を死なせて下さい、と。
 早く死刑にならないか、早くこの地獄から解放されないか。私はただ死だけをひたすら待ち望んでいた。もし神に見捨てられていないのならば、死という形で救いが来るだろうと。
 主なる神を愛せ。隣人を愛せ。この教えを守って来たつもりなのに、何が間違いだったのか。私の必死の努力は何だったのか・・・もはや真犯人を許すどころか憎む事すら出来ない程、私の心は衰弱していた。
 ふと、前から疑問に思っていた事が思い出された。
 死への恐怖どころか、ただ、死だけを望む身・・・
 「あなたも、死ぬ事が何よりも幸せだと思ったのね」
 私の目の前に、ここで死刑になったらしい少女の幽霊が現われた。
 「そうなの・・・私も無実の罪で死刑囚にされたのよ。もっとも、ここに来てすぐ舌を噛み切って先に死んでやったけど。犯人は昔から私をいじめの対象としか、自分以外の人をゴミとしか思ってなかった連中・・・その中の誰かに決まってるわ。大事にしてた物や学校の課題を盗み出してはゴミ箱に捨てる、試験とかの為のノートは真っ黒に塗りつぶす、預けてもいない物を私によこせと言っては泥棒扱い、他にも変な言い掛かりつけては何かあるとすぐ私が犯人だと決めつける・・・。きっと人殺しも私に罪をなすりつけたいだけでやったのよ。結果その思惑通りになるだけで、あいつらは今も私を有罪に出来て幸せな生活を続けているんだわ。もしかしたら被害者は私だけじゃないかも・・・。ああ、私は神様に、産まれてはいけない、幸せになってはいけないと産まれる前に決められたのね・・・」
 世の中には、死ぬより恐ろしい事や辛い事がたくさんある。
 あまりにも生前の苦しみが大きすぎた為、唯一の幸せである死が与えられても一時の気休めにしかならず、こうして怨霊となって嘆き続けている。そんな人を見るのはこれで何人目だろうか。可哀想に、でも私が祈ったところで耳を傾けては下さらないであろう神様は、彼女を、彼女のような境遇の人達を、救って下さるだろうか?同じ運命を辿りつつある私もまた怨霊になってしまうのか?
 ・・・それでも私は祈りという無駄なあがきを続けていた。苦しむ全ての人々を助けて下さいと。

 そしていよいよ死刑執行の前日となった日、突然と言うかやっとと言うか今更、私の信仰が無駄ではないと証明された。
 真犯人発覚。
 あの時船で見かけた男が涙で顔をぐしゃぐしゃにして私の前にいる。
 「ああ、ごめんなさい、俺はぁ、俺はあんまり怖かったからって・・・見ず知らずの人にっ、罪をなすりつけて逃げた、卑怯者だあぁ。ううっ、俺は人殺しの罪を他人に擦り付けるなんて、俺は、うぅっ・・・うう・・・」
 ただただ泣いていた彼を見て、それまでの苦しかった思い、苦しみの中でどす黒く澱んだ思いは、あっけなく消し飛んでしまった。
 何故、急に罪から逃げるのをやめたのか尋ねてみた。
 ものすごく怖い夢を見た、という答えが返って来た。
 なんでも無実の罪を着せられて死んでいった人々の怨念を目の当たりにするような夢だったという。
 私の脳裏に、あの少女の顔が浮かんだ。

 それからも、何人もの人が、誰かに罪を擦り付けて逃げていた真犯人達が自首する事が続いた。
 その中に、あの少女が憎んでいた人物は含まれているだろうか。
 あまり意識せず、もう捨てたいとすら思っていた自分の命を、これからは大事にしていこうと心に決め、私はもとの牧師の道に戻った。主よ、見捨てたのかなんて疑ってすみません、また私の祈りを聞いて下さい、どうか死ぬより苦しい思いをしている人達を救って下さい、と祈って。
                       − 続く −
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