悪魔と天使
          * 4 *
 私は、かつて多くの人間達が犠牲となった激戦場だったという場所を訪れた。
 もちろん人間達だけでなく、数多くの動植物も死滅したのだろう。耳を澄ますと、兵士らしい人々の霊の声に混じって、そこには既に無い鬱蒼と生い茂った森の木々のざわめきと都会ではなかなか聞く事の出来ない鳥か何かの鳴き声が聞こえて来る。・・・ここにいる人の中では私だけに。
 彼等の冥福を祈る黙祷をし終えると、ふと、兵士の一人がつぶやいた。
 「俺達のしてきた事って一体何だったんだろうな?アメリカや世界中の皆の為とか言い聞かされて、いっぱい罪も無い人とか殺してさ。・・・またどこかでアメリカが戦争しに行くって話があるそうじゃないか。そんな話を聞く度に、なんで戦争なんか起こすんだろ、何の為に俺達は殺し合いをさせられたのかって」
 ああ、あれか・・・全くですよね。私も戦争は嫌いです・・・と、心の中で返事をした。

 その国は世界地図の中でも特に小さく、書かれた国名や首都名の文字がその国の領地から大きくはみ出している程なのでかなり注意深く探さないと見つからなかった。
 事の発端はよくわからないが、ニュースによるとそこに何やらテロリストがいて、過去に世界中の人々に多大な衝撃と悲しみを与えた数々のテロ事件と深く関わりがありそうだのそいつらがまた悲劇を繰り返すつもりらしいだのという事だった。だがそれを力説する大統領の言葉にはどこか説得力に欠けるような・・・何となく、根も葉も無い噂を真に受けただけのような気がした。
 そこではここ数年、かつてアメリカがテロ対策と称して攻撃した国々のように、独裁者による圧制からは武力によって解放されはしたものの、その直後から数多くの武装勢力によってかえって治安が悪化した泥沼状態が続いているという。
 ただでさえそんなひどい状況なのに、わざわざアメリカからも戦争を仕掛けなくても・・・。私はその国に一日でも早く平和が訪れますようにと祈って、その日一日の行動を終えた。

 夢の中に、見知らぬ男が現れた。
 彼は公正で正確なニュースを伝える為に世界中を飛び回ったアメリカのフリージャーナリストで、私と彼とで例の国についての話をしていたという夢だった。あるいは夢ではなく、寝ぼけ眼で彼の霊と実際に会話していたのか。彼はその国での出来事を話してくれた。戦乱で家族を失った子供や貧困にあえぐ人々の話、そんな民間人の為に復興支援に来た国連の人々を武装勢力が攻撃して追い払ってしまった話、そしてある武装勢力に彼を含む民間人数人が人質に取られ、とても実現出来ない無理な要求を不可能だと断られたからといって全員殺されてしまったという話・・・。
 「私が見て来た人達・・・その中でも特に、私達アメリカ人以上に平和を強く望んでいる人達が、あの小さな国で毎日どんどん殺されていくんだ。私の受けた仕打ちよりも、そういった人々の方がもっと辛かったのかな・・・」
 そう言う彼の口調は、どこか自嘲的で悲しげ。まるで、その真実を追い求める純粋な正義の心を、力無き人々を苦しみから助けたいという無償の善意を持つべきではなかった、とでも言うように。
 「昔(※1)、イラクでも似たような事が何度か起こっただろう。その中には人質が殺されたケースもあるが、日本人の完全な民間人が人質に取られ、解放条件の要求は通らなかったものの全員無事解放されたというのは覚えているかな」
 「日本人?・・・あー・・・そんな話もあったような」
 「だが人質の命が助かってみると、その事を喜ぶ日本人は一人もいなかったって話じゃないか。日本政府が行くなって言ってるのにイラクへ行ったんだから捕まったのは自業自得で、人質の解放の代わりに当時駐留していた日本軍(※2)を撤退させろという要求をもし飲んでいたら人質数人の代わりに他の日本人全員がテロで殺されていたのに、それでもイラク人に対する人道支援を続けるのは絶対頭がおかしいか自分が英雄視されたいが為なだけだ、そんな連中の命の為に多額の税金をドブに捨てるくらいなら見捨てて殺されるに任せるのが全世界の愛と平和の為に選ぶべき選択肢だったのに、っていうのが日本人全員の考えだった。地雷やらアメリカ軍の攻撃や貧困で苦しんでいて、日本人以上にイラクの平和を望んでいたイラクの民間人が彼等日本人の支援のおかげで生き長らえていたから、日本人の事を親友や家族のように慕っていたという事実を報道しても、偽善者が誉められたいが為の妄想を鵜呑みにした誤報でしかないと」
 「いや日本人全員がそんな訳無いでしょう。人質はそもそも、アメリカの不手際でイラクの・・・それこそ私達以上に平和を望んでいたイラク人が殺されたり飢え死にしたりするのを、安全な日本でただ黙って見てるだけでいいのかって自分に問いかけた結果、危険を冒してまでイラク人に愛の手を差し伸べようと決意した。そういう無償の善意が多くの民間人にとって大きな心の支えになっていたらしいし、日本の情報網にその事が流れた時それが神の御心に添っている事に気付いた人がいないとは考えにくいですから・・・私と同じ気持ちになった日本人のキリスト教徒もいるのでは」
 「君はキリストの教えを特に堅く守るタイプの人種だからね。隣人愛を何よりも尊び、敵の為に祈り、右の頬を叩かれたら左の頬を出す。だがイラクはイスラム教徒の国だし、私が死んだあの場所は・・・まるで死神か悪魔でも崇拝しているかのようだった。郷に入りては郷に従え・・・キリストの愛を異教徒に向けようとしたから、私達と彼等との、両方の神から罰が当たったのだろうな。君は私の、私達の死を悲しんでくれているようだが、神そのものを偽善と呼ぶ日本人や異教徒イラク人はきっと逆にザマアミロと思っているに違い無い。もし、これから私が地獄に落ちるのなら、悪いのは私一人だけだ」

 そこで会話の記憶は途切れている。夢から覚めたのか、眠気に負けたのか。私の目の前では、目覚まし時計がアラーム音で朝を告げている。
 とりあえずテレビをつけ、ニュースを見る事にした。もちろん、あのジャーナリスト達が死んだ例の国についてのニュースもある・・・
 と、私はテレビから流れて来た大統領の言葉に何かひっかかるものを感じた。
 退去命令。それも今すぐに、一秒でも早く、その国を出て行けという。何故今更になってそんなに切羽詰まっているのやら・・・

 教会での仕事は、今日は・・・いや今日もまた、殺された人の冥福や世界の平和を願う祈りから始まった。それから雑務を少し片付けると、ふと何やら外が騒がしいのが気になり始めた。
 外に出てみると、何やら街頭演説車が喚いていた。
 「大統領が退去命令を出したのはそこに戦争を仕掛ける為に違い無い!戦争反対!我らアメリカ人は、もはや軍国主義者ではない!中東やその他数多くの国々にして来た横行の数々を、これ以上繰り返すな!」
 気がつけば私はそこに駆け寄っていた。
 「あの・・・」
 「はい?」
 演説車から一人の女性が顔を出していたので、反射的に彼女に声をかけてみた・・・ものの、何をすればいいのか考えてもいなかったので、私は自分の軽率な行動を後悔しかけながらも必死に言葉を紡いだ。
 「あ、えっと、こういう事はもっと、大統領に直接聞こえるような場所でやった方が効率的なのでは・・・あ、私も、出切る限りの範囲で、協力しますので・・・」
 我ながらなんて軽率な、と自分で自分に呆れはしたものの、半ばヤケになりながら奔走を始めてみると案外簡単に多くの人の協力を得る事に成功した。
 私の勤める教会には、異教徒やなんかの自分と少しでも異なる性質の者をこの世から排除したがるような狂信者は来ない。戦乱で傷付き苦しむ人々に無償の隣人愛を向ける事を聖書から教わったという者ばかりである。そして、アメリカが介入するのなら極力平和的手段でという旨の署名を、ほんの数日でかなりの人数分集める事が出来た。
 これを大統領に提出して・・・ホワイトハウス前で平和の尊さを訴えるデモ行進も準備しようか・・・いろいろ相談しながら、慌ただしい日々は過ぎた。私達の願いが通じますように、と神に祈る事も忘れなかった。

 そしてその数日後、数多くの人々の反対を押しきり、戦乱のさなかにある小国に向けてミサイルが発射されてしまったのである・・・。
 いつかのジャーナリストの霊がつぶやく。
 「世界から戦争を無くすには、戦争を起こす人間を滅ぼせばいい・・・なんて言葉もある。私や君のような無償の善意を踏みにじる為に、武装勢力がひしめいていたんだ。悲劇の連鎖を断ち切る為には、他に方法が存在しなかったんだろうな」
 私もポツリと漏らす。
 「戦争を起こす人間・・・。それが真実で、神の思し召しだったとしても・・・戦争を望まない人間まで滅ぼしては・・・」
                       − 続く −
※1 この小説の時代背景が未来って事なので。
※2 自衛隊の事
前のページ 次のページ 戻る


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理